青鞜社と『青鞜』——「元始、女性は太陽であった」
1911年、平塚らいてうら五人の若い女性が青鞜社を立ち上げ、日本ではじめての女性だけの文芸雑誌『青鞜』を刊行した。「元始、女性は太陽であった」——青鞜社と『青鞜』の歴史。
「元始、女性は太陽であった」。これは日本の作家・平塚らいてう(平塚雷鳥)が、雑誌『青鞜』の創刊号に書いた最初の一文です。1911年、当時の日本で最高水準の教育を受けた五人の若い女性が青鞜社を起こし、日本の歴史ではじめて、完全に女性によって書かれ、完全に女性に向けて読まれる文芸雑誌『青鞜』を創刊しました。

一、元始、女性は太陽であった
平塚らいてうのこの一文の読み方はいくつもありますが、そのひとつは日本の神道の信仰を指しています。日本には八百万の神がいると言われ、その神々を司るのが太陽の女神・天照大神です。『古事記』によれば、天照大神は太陽の化身であり、神々の世界「高天原」を治めていました。いまの天皇家は、この天照大神の直系の子孫であるとされています。
けれど時が経つにつれ、女性の光は少しずつ覆い隠されていきました。平塚らいてうの言葉を借りれば、「他によって生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月」になってしまった、ということです。青鞜社がやろうとしたのは、女性をもう一度、自分で光る太陽に戻すことでした。
二、ロンドンから東京へ——「青鞜」という名前
十八世紀の半ば、イギリス・ロンドンで、才能ある上流社会の女性たちが「飾り物」でいることに満足せず、知性と学識で世間のまなざしに挑み、名高い女性知識人の集まり「ブルーストッキング」(Bluestockings)を作りました。その一世紀後、この女性の知性を表す語が日本に伝わり、優雅な漢語に訳されます。青鞜(青い靴下/履き物)です。

三、1911年——日本ではじめての女性雑誌『青鞜』
1911年、青鞜社は平塚らいてうと、木内錠子、物集和子、保持研子、中野初子という二十代の若い女性五人によって始まりました。彼女たちはこう決めます。自分たちで雑誌を作る。書くのはすべて女性、読むのもすべて女性、と。当時としては壮挙でした。出資者がいなければ自分たちで資金を集め、流通の手立てがなければ自分たちで印刷所と書店をまわる。そうして同じ年の九月、日本の歴史ではじめての女性だけの文芸雑誌『青鞜』が創刊されました。

四、平塚らいてうの創刊の辞
そして冒頭の場面になります。発起人のひとりである平塚らいてうが、『青鞜』の創刊の辞——「元始、女性は太陽であった」を書きました。青鞜社は、最初の社則にこう掲げています。
本社は女流文学の発達を計り、各自天賦の特性を発揮せしめ、他日女流の天才を生まん事を目的とす。
『青鞜』創刊号の表紙は、のちに彫刻家・高村光太郎と結婚する長沼智恵子が描いたものです。

五、才能が集まった時代
『青鞜』はすぐに、ただの雑誌ではなくなりました。当時の日本の女性が世界を知り、互いを知るための窓になったのです。誌面の水準はきわめて高く、才気あふれる現代詩、連載小説、文芸批評、そして西洋の最先端の哲学の的確な翻訳が並びました。最も盛んだった時期には、当時の日本で最も聡明で鋭敏な女性たちの頭脳が集まり、発行部数は月に三千部に達します。当時の独立系の出版としては、驚くべき数字でした。

六、百年後にふり返って
その後、第一次世界大戦などの事情もあって、『青鞜』は1916年(大正五年)に休刊し、青鞜社も次第に解散していきます。伊藤野枝が中心になってからは、詩歌を中心とする女流文学の団体から、さらに婦人解放運動へと発展していきました。
百年あまりが過ぎ、当時の青鞜社の発祥の地(東京都文京区千駄木)はいまではふつうの住宅地になり、マンションが建っています。残っているのは「『青鞜社』発祥の地」と記された銅板だけで、訪れる人はそこで往時をしのぶことになります。


おわりに
『青鞜』の創刊にあたって、歌人・与謝野晶子が寄せた詩の一節で締めくくります。
山の動く日来る。 かく云へど人これを信ぜじ。 山は姑く眠りしのみ。 その昔に於て山は皆火に燃えて動きしものを。 ……すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。
(この詩の直筆原稿は、北九州市立男女共同参画センター(MOVE)の二階ホール入口に展示されています。)
画像の出典
この記事の画像のうち、『青鞜』創刊号の表紙(長沼智恵子画、1911)、青鞜社同人の集合写真、平塚らいてうの肖像などはパブリックドメインの歴史的な図版です。「元始、女性は太陽であった」をテーマにした太陽の女神の挿画は現代に描かれたものです。ブルーストッキングを描いた『アポロン神殿のミューズと化した女性たち』はリチャード・サミュエルの油彩(ロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵)です。「青鞜社」発祥の地の銅板と現在の街並みは現地で撮影したものです。
物語の背景
この記事は、オリジナル小説『パンとバラ』のための調査ノートです。『パンとバラ』は1910年の南ウェールズの炭鉱地帯を舞台に、落盤事故とストライキ、そして炭鉱の女たちのあいだの労働と階級と友情を描きます。この記事の中国語原文は青鞜社与《青鞜》にあります。