The Song of Inanna イナンナの歌

理念

何を書こうとしているのか、歴史をどう扱っているのか、そしてなぜ自分たちのサイトにこのアーカイブを置いているのか。

なぜ女性の物語なのか

女性が本当に主体になっている物語を読みたい——そう思い続けてきた時間が長くありました。多くの作品で、女性は いまだに背景であり、報酬であり、被害の象徴であり、感情を動かすための道具であり、あるいはただ見られる対象です。

イナンナの歌は、行動し、語り、起きたことの重さを引き受ける側として、女性を書こうとする試みです。

史実と創作

わたしたちがしているのは二つのことです。

ひとつは、歴史が記録するには足ると判断しながら、そのあと脇へ置いてしまった女性たちの話を掘り出すこと。 こちらは実在の史料と人物、実在の時代を土台にしています。

もうひとつは、創作すること。同じ時代を地面にして、読みたかったのに見つからなかった女性の物語を書きます。 こちらは虚構であり、別の語り方を想像しようとしている部分です。

女たちのあいだにあるもの

これらの物語のなかで、女性は単一の役割に収まりません。親友であり、幼なじみであり、母と娘であり、姉妹であり、 血縁であり、敵であり、恋人であり、同盟者であり、競争相手であり、語り手であり、自分の人生を動かす当事者です。

AI と創作

AI はここでは道具です。画面に出せるものの幅を広げ、実際に払える費用で野心的な映像表現を可能にしてくれます。

ただし生産性そのものが語りを変えることはありません。物語を変えるのは、いまも人間の選択であり、人間の経験であり、 人間の判断です。

なぜ独立したサイトなのか

プラットフォームの上では、作品はタイムラインとレコメンドと到達数の論理の下に沈んでいきます。

このサイトは、原文と、プロジェクトの記録と、その背後にある調査と、何年か経っても意味の通る索引を 置いておくために存在しています。

作品そのものを読むには

小説は中国語で書かれていて、中国語版が定本です。六作すべてを日本語で読めます。 中国語の理念ページには同じ内容が原文で置かれています。 英語版もあります。