トラヤヌスの焦土から、ハドリアヌスの回想へ
トラヤヌスの限界までの拡張から、ハドリアヌスの撤退と回想へ。小説『女剣闘士の死』の背後にあるローマ帝国の時代背景。
物語の第三幕で、アエリアはローマを離れ、隊とともに東へ向かいます。車の窓越しに彼女が見るのは、焼き払われた村、倒された神殿、鎖でつながれた捕虜たち。戦勝の報告に書き込まれた勝利が、初めて別の顔をして目の前に現れるのです。その一方で、ローマの人々はまだ祝っています。元老院は皇帝のために新しい記念柱を立てる準備をし、詩人は帝国の偉大さを歌い、闘技場の歓声はいつもどおりです。
そこで疑問が浮かびます。トラヤヌスの時代が本当にローマで最も輝かしい時代だったのなら、なぜ戦争が終わった途端に帝国の国境が次々と崩れはじめたのか。なぜ征服したばかりの土地が、すぐに反乱に陥ったのか。そしてなぜトラヤヌスの死後、後継者ハドリアヌスは広大な領土を自ら手放し、数百年続いたローマの拡張神話を自分の手で終わらせたのか。この問いに答えるには、「黄金時代」と呼ばれるこの時代を、もう一度見直す必要がありそうです。
一、トラヤヌスの時代——限界まで広がった帝国
物語のなかで、ローマの役人は誇らしげに告げます。皇帝は東方を征服し、元老院は新しい記念柱の準備をしている、と。それがトラヤヌスの時代であり、ローマ帝国の版図が限界まで広がった時代でもありました。トラヤヌスはダキアを征服し、さらに東へ進んで、アルメニア、メソポタミアを占め、ペルシア湾にまで達します。ローマは、いちばん輝かしい瞬間に来たかに見えました。

けれどその輝きの裏側にあったのは、焼かれた村、砕かれた神像、鎖で西へ送られる捕虜たちです。アエリアが車窓の外に見たのは、地図の上の勝利ではなく、勝利が残した廃墟でした。

タキトゥスはこんな有名な一文を残しています。「彼らは荒野をつくり、それを平和と呼ぶ」(atque ubi solitudinem faciunt, pacem appellant)。これはほとんど、トラヤヌスの東方遠征そのものの縮図です。

二、東方戦線——帝国が呑み込みきれなかった土地
トラヤヌスの東方征服は華々しく見えて、実際にはきわめて不安定でした。物語のなかでは、使者の運んでくる戦況が崩壊を予告します。ローマの版図に組み込まれたばかりのメソポタミアで反乱が拡大した、と。実際、トラヤヌスの晩年に帝国の統制力は落ち、ローマの地図に書き込まれたばかりの土地が、みるみるうちに手からこぼれ落ちていきました。トラヤヌスの拡張に境界はなかったのかもしれませんが、ローマの統治のほうには限界があったのです。

三、血のサーカス——帝国はどう勝利を祝ったか
トラヤヌス時代のローマは、記念碑だけでなく闘技場でも勝利を示しました。ダキア戦争を祝うため、トラヤヌスは百日を超える大規模な興行を催し、何千もの剣闘士と獣が砂の上へ送り込まれ、帝国の凱旋の一部になりました。これが、物語の闘技場の本当の背景です。そこでは、死そのものが祝祭の一部でした。

捕虜、奴隷、獣、剣闘士。すべてが同じ劇場に入れられて殺し合い、ローマの民衆に帝国の力を見せつけました。
四、ハドリアヌスの時代——世界には境界があると認めること
トラヤヌスの死後、後を継いだのはハドリアヌスです。ちなみに、わたしたちが最初にローマ史に興味を持ったのも、あの『ハドリアヌス帝の回想』がきっかけでした。

この少し変わったローマ皇帝が即位して最初にした大きなことは、トラヤヌスが取ったばかりの東方の領土の一部を手放し、ローマの防衛線を守りやすい位置まで下げることでした。彼はトラヤヌス時代の拡張をやめ、防衛と統治に取り組み、そして最も有名なハドリアヌスの長城を築きます。この壁が築かれたことは、ローマが心理の上でも現実の上でも「世界には境界がある」と認めたことの印でもありました。

のちにハドリアヌスはローマ法の統一を強く推し進め、帝国各地に都市や浴場や劇場を建てる費用を出しました(有名なローマのパンテオンのドームも、この時期に再建されています)。剣ではなく行政の秩序によって帝国の平和を保とうとしたのです。

五、トラヤヌスからハドリアヌスへ
主人公アエリアが生きている時代は、ローマ神話がもっとも激しく膨らんでいた時期であると同時に、実はもうトラヤヌスの末期でもありました。アエリアが見ているのは、一方では繁栄の時代の幻——四方への征服、勝利の凱旋、記念柱の建立、闘技場で万人の歓声を浴びること。もう一方では、まもなく訪れるハドリアヌス時代の現実——撤退、境界の確定、秩序の立て直しです。
物語のなかで主人公と対立しつづける軍団長マルクスは、この時代の転換をそのまま人にしたような存在かもしれません。彼の価値観はトラヤヌスの征服の時代に形づくられました。トラヤヌスのような功績を築くことを夢見て、ローマの征服は決して止まらず、永遠に強いローマが訪れると信じ、その信念を守るためなら嘘さえいとわない。厳密に言えば、戦場でトラヤヌスの覚えをめでたくして養子に取られ、次の皇帝になるという筋も、まったくありえない話ではなかったのです。
おわりに
第三幕を振り返ってみると、アエリアが見ていたのは一度の戦争だけではありません。ひとつの現実の時代と、そのなかで進行している転換でした。彼女が育ったあいだ、ローマはずっと拡張しつづけ、焦土と征服によってトルコや北アフリカや中央アジアの多くの土地を版図に書き込み、世界のあらゆる道をローマへ通じさせてきました。けれど歴史はそのままではいてくれません。トラヤヌスの功績の記念柱のあとに来たのは、ハドリアヌスの長城への撤退でした。それは、抑えのきかなかったローマの野心の終わりを示す印でした。しみじみとするのは、いまやローマは過去のものになり、人々が誇っていたラテン語でさえ、とうに死語になっているということです。
この記事はふだん、ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』の結びを引いて終えています。そこでハドリアヌスは、災厄と廃墟が訪れ、混乱が勝つだろうと見ながら、それでも秩序がときには勝つこと、戦争と戦争のあいだにまた平和が訪れること、自由や人間性や正義といった言葉がふたたび意味を取り戻すこと、書物がすべて失われはしないこと、そして私たちの破風とドームから、また別のドームと破風が生まれてくることを見通しています。ぜひ本そのもので読んでみてください。
物語の背景
この記事は、オリジナル小説『女剣闘士の死』のための調査ノートです。『女剣闘士の死』はトラヤヌス帝時代のローマを舞台にした全五幕の物語です。この記事の中国語原文は帝国地图的尽头:从图拉真的焦土扩张到哈德良回忆录にあります。